独創的な歌詞と圧倒的な歌唱力で、記録的なセールスを誇る英国の歌姫「アデル(Adele)」。

デビュー当初、彼女の歌声は“トラフィック・ストッパー(立ち止まらずにいられない声)”と英メディアで称され、

 

19歳のデビュー以来リリースしたアルバムは、全て全英チャートの首位を獲得しています。

そんな名実ともに世界のトップシンガーであるアデルの魅力、その類まれな歌唱力についてご紹介します。

チャンス

世界の歌姫アデルが、なぜか日本ではいまいち!?

アデルをご存知でない方のために、まずはアデルがどれほど凄いアーティストなのかを知っていただきたいと思います。

 

デビューアルバム『19』は、全英チャート1位、米iTunesアルバムチャートでも1位を獲得。

 

2011年にリリースしたセカンドアルバム『21』では、全米・全英を含む世界20カ国で1位を獲得。

 

第54回グラミー賞にて、主要3部門を含む最多6部門を受賞

 

2015年にリリースした3rdアルバム『25』は、発売から半年で1800万枚を突破。

 

英米を含む世界各国でチャート1位を記録。

第59回グラミー賞では最優秀アルバム賞を受賞。

 

本アルバムのヒットを牽引した「Hello」は、同賞で年間最優秀レコード賞と最優秀ポップ・パフォーマンス(ソロ)賞に輝き、世界的ヒットとなりました。

 

英国音楽業界への貢献が高く評価され、彼女には大英帝国勲章の一つであるMBEが授与されています。

このように、アデルは英国が世界が認めた偉大なシンガーなのです!

 

それなのに、なぜか日本でのアデル人気は欧米諸外国に比べるといまいちです。

邦楽が洋楽のシェアを上回る日本では、彼女の表現力や歌唱力が十分に理解されていないのでしょうか?

 

そもそも日本では、上手すぎる歌手はやや敬遠されがちなところがあります。

カラオケ発祥の地であることから察するに、“自分にも歌える”ということも評価に影響しているのではないかと思います。

 

歌唱力以外が問題だとしたら、20代ですでに大御所のような貫禄があったせい?

やっぱりアリアナ・グランデのような華奢でキュートなルックスでないと、日本では売れないのでしょうか?

 

好感のもてるルックス、またはキラキラしたお姫様のようなビジュアルに惹かれる日本人からすれば、アデルはあまり魅力的に映らないのかもしれませんね。

 

アデルの真の美しさ、アーティストとしての魅力、その存在感に気付けないとしたら実に残念です…。

友達にいたら最高!? 飾らないエンターテイナー

アデルは、14歳から作曲やギターを始め、16歳でブリット・スクール(The BRIT School)に入学し本格的に音楽を学びました。

 

在学中は“決して目立つ生徒ではなかった”と言われていますが、人一倍、協力的でチームワークを大事にする生徒だったそうです。

 

“ブリット・スクール”とは、政府とパートナー企業(ギターメーカーのギブソンなど)による助成金で運営されている英国唯一の無償学校で、次代を担うアーティストの養成学校です。

 

同校出身者にはアデルの他、レオナ・ルイスやエイミー・ワインハウスなどがいます。

プライベートの彼女は、ユーモアに溢れた本当におちゃめな女性です。

 

ガールズポップが大好きで、子どもの頃からスパイス・ガールズの大ファン。再結成の際には、大興奮でコンサートに行ったようです。

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また、映画『タイタニック』も大好きで、セリーヌ・ディオンのライブへは、セリーヌの顔とタイタニック号を描いたスウェットを着ていくほど。

 

隣の席にこんな人が座ってたら笑っちゃいますね。

 

他にも、ハロウィンや誕生日には、有名人に扮した本気のモノマネ写真をアップするなど、歌っている姿からは想像ができないおちゃめさんです。

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有名アーティストの素顔が見られることで人気の“カープール・カラオケ”(米国の人気トーク番組の1コーナー)でのアデルを見れば、ますます飾らない彼女のことが好きになるはず!


Adele Carpool Karaoke

アデルの歌唱力を「Hello」で解説

アデルに興味をもって頂けたところで、ようやく本題に入ります。

 

ここからはおちゃめなアデルではなく、歌姫アデルの魅力に迫っていきます。

 

まずは「Hello」をお聞きください。


Adele - Hello

“Hello, it's me(もしもし、私よ)”で始まるAメロでは、つながらない相手に、伝わらない思いを一方的に語っています。

 

この楽段は、中低音域で淡々と歌われていますが、この音域を自然に歌えるというだけで、呼気量と腹圧が安定していることが窺えます。

一般的には、高い音や強い声が出ることで、“この人の発声はすごいな”と思うかもしれません。

 

ですが、本当に発声力がある人たちは話すような表情で歌われる中低音の響きが格段に美しいのです。

誰だって、それなりに高い声を出せば大きな声が出ます。

 

大きな声は、小さな声に比べて響きが強くなるのも当たり前です。

でも、低い音域のやや小さめな声を響かせるには、安定した発声力、呼吸のコントロールに長けていなくてはなりません。

 

高音域が伸びやかに歌える欧米の歌手たちは、決まって低音域の表現にも優れています。

中低音域で表している感情は、ニュートラル(平常)、もしくはより沈み込んでいる状態です。

 

例えば、一人で物思いに耽っている時や落ち込んでいる時などです。

そんな心の状態を表す時、いかにも歌っているという声を出されると印象が変わってしまいます。

 

だからと言って、ボソボソと独り言のようにつぶやかれても困りますよね。

歌い手の表現が心象風景に合っていないと、どんなに美しいメロディーや歌詞であっても、その世界観は容易く壊れてしまいます。

 

その点においても、アデルが歌うAメロは、こころの声をとても自然に具現化していると思います。

低い音域では、あまり強く息を吐けません。

 

そのため、音の細かい変化(動き)を出すのが難しいのですが、アデルはとても繊細に表現しています。

それは、十分な呼気量を前提に、しっかりと息が流れている証拠です。

 

自然体の呼吸で、まるで話すように歌っていますが、実際はかなり息を吐き、それをしっかりと支えています。

だからこそ、声の大小や強弱ではなく、表情そのものが伝わってくるのです。

 

サビの音域は、Aメロのおよそ1オクターブ上で歌われています。

一気に感情が溢れた様子、またはその高まりを表しているわけですが、低音部から高音部への跳躍もとても自然です。

 

それまでの静寂を一変させる高揚感が見事です。

ただ感傷的に声を張り上げるのではなく、Aメロ末でつくった緊張感を利用して、ある種の解放感を生み出し、伸びやかさを強調しています。

 

サビ冒頭はまだ中音域のため、下手な人が歌えば然程高さが出せないでしょう。

逆に、突然高いだけの声を張り上げてしまう人では、それまでの緊張感を台無しにしてしまいます。

 

アデルは、一曲を通じての“時間の流れ”を理解し、常にベストな声(表現)を選択しているのです。

声の特徴のひとつに、“声帯閉鎖が強めのエッジ・ボイス”が挙げられます。

 

声門の閉鎖力が弱い日本人が真似すると、“しゃがれ声”や“がなり声”のようになってしまう声です。

アデルの声が、喉に負担を掛けた耳障りな声に聞こえないのは、先述したように十分な発声力があるためです。

 

彼女の声を“ハスキー”だと感じると思いますが、通常ハスキーな声とは、声帯が完全には閉じきれないことで息もれが生じた声のことを指します。

 

でも、アデルは声帯周りの筋力も発達しているのでしょう。ややハスキーボイスでありながら、あえて声門閉鎖を強めにし、その強い振動を体(共鳴腔)で増幅させています。

 

アデルは強い喉をもっているというより、しなやかな喉(筋力)をもっているのだと思います。

 

サビの部分をもう少し細かく見ていきましょう。

Hello from the other side.
I must’ve called a thousand times to tell you,
I’m sorry for everything that I’ve done.
But when I call, you never seem to be home.
(もしもし 受話器越しに呼び掛ける
1000回は電話したに違いない
私のしてきたことを全部謝りたくて
でも一度もあなたにはつながらなかった)

サビ冒頭のフレーズ“Hello from the other side”では、中音域から高音域へと段階的に音程が上がっていきます。

 

メロディー自体は決して難しくはありません。女声ならほとんどの人が普通に出せる音域でしょう。

ですが、アデルのように伸びやかな呼吸で高揚感を出せる人は少ないと思います。

 

一音ずつがゆっくり大きく変化するため、相当息を使います。

そのため呼吸が伸びず、喉が締まって息苦しい声になったり、声門閉鎖を維持できず、声が裏返ったりする人もいるかと思います。

 

強い声門閉鎖力、しなやかな声帯筋力(声帯を伸び縮みさせる筋肉)、呼気の加速力、それらをコントロールする総合的なテクニックが必要だということです。

 

サビの中盤にある“tell you, I’m”や“I call, you”では、ファルセット(裏声)を使っています。

 

アデルならば、ベルディング(声帯閉鎖を維持したまま高音を出す発声法)で出せる思いますが、表情を優先してわざとファルセットに切り替えています。

 

声帯閉鎖を一瞬で緩めなくてはならないので、声帯周りの筋肉がしなやかでないと声が割れたり、極端に音圧が下がったりして乱れてしまいます。

 

テンションをキープしたまま、それでも細部の声を選択し、巧みにコントロールをしているわけです。

いかがでしたでしょう。

 

これ以上説明すると、かなり専門的になってしまうのでここまでにしますが、アデルの歌唱力について、少しは伝わったでしょうか?

歌の練習をする人を除けば、本来、歌は分析しながら聞くようなものではありません。

 

要は聴き手の心に響いたどうかです。

ですが、聞き手のアンテナが鈍いと、伝わるものも伝わらないのが事実です。

 

ぜひ、世界の素晴らしいアーティストたちの音楽を感受してください。

アデルに影響を与えた黒人ディーバたち

アデルは白人でありながら、その歌には黒人R&Bシンガーたちの面影があります。


Adele - Rolling In The Deep (Live at Largo)

子どもの頃は、ローリン・ヒルやメアリー・J・ブライジ、ビヨンセがいたデスティニー・チャイルドなどをよく聴いていたそうです。

 

そして14歳頃、偶然レコード店で見つけたのが“エタ・ジェイムス”と“エラ・フィッツジェラルド”。

アデルはこの二人のレコードを聴いて感銘を受け、音楽のすばらしさを痛感したと語っています。

 

エタはローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガーにも選ばれている、60年代から70年代に活躍したR&Bシンガー。

 

エラは50年代から60年代に活躍したジャズ・シンガーで、ジョージ・W・ブッシュから大統領自由勲章を授与された、20世紀の女性トップ・ジャズ・ボーカリストの一人です。

 

アデルは、彼女たちの歌を何度も聞いて練習したそうです。とくに“エタ・ジェイムス”の歌唱に強く影響されたと言っています。


Etta James - Fool That I Am

普通の少女だったアデルを本気で音楽の道へといざなったアーティストたち。

 

20世紀のディーバが与えたものが、21世紀のディーバへと引き継がれ、アデルをトップ・シンガーへと導きました。

彼女たちの名曲はライブやラジオなどでアデルもカバーしています。

 

アデルが好きだったら、ぜひ音楽の歴史をさかのぼって聞いてみて下さい!

 

筆者:NOBU

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